男女の性愛を描いた春画はなぜ注目されるようになったのか?

近年、日本の文化は世界で注目され、数多くの観光客が訪れるようになりました。そんな日本文化の中で評価が高いのが日本の浮世絵です。

とりわけ春画は近年、芸術面で再評価を受けたことで、日本国内でも展覧会が開かれるようになりました。なぜこの春画は評価されるようになったのでしょうか?

春画とは?

春画は女性と男性などの性行為の場面を書いた絵のことを言います。歴史的には、紀元前のシュメール文明の線刻画やエジプトのパピルスにも書かれていました。日本には平安時代に入ってきた、中国の医学書に伝わる房中術の解説図が元になっていると考えられています。

その後、室町時代から江戸時代にかけて絵師の間で書かれるようになり、女性の性教育のテキストや、武士の厄除けのお守りになりしました。その後、安土桃山時代に中国から伝わった春宮画に影響され、京都で春画が書かれるようになり、江戸時代に入ってからは江戸で盛んに出版されます。

春画の流行

江戸時代、特に17世紀後半の元禄文化の時代に春画は流行します。江戸の町人文化が開いたこの時代、芸術面での発展が著しいものでした。特に現在でも芸術的な評価の高い、浮世絵がこの頃描かれるようになります。その立役者が「見返り美人図」などの浮世絵で有名な菱川師宣です。

彼が登場するまで、浮世絵は単なる絵入りの本の挿絵でしたが、彼の描く浮世絵が一枚の作品として評価され、浮世絵が確立します。彼の画題の多くは江戸の遊郭の女性たちなどの美人図や春画を描いていました。この他にも井原西鶴の「好色一代男」を始めとする町人の性愛にまつわる小説の「好色本」が流行り、挿絵に春画が描かれました。

政治改革と禁止令

その後、享保の改革などの政治改革で好色本は規制を受けます。しかし、春画の需要は収まることはなく、非公開で販売されていたようです。結果、江戸幕府の規定を守る必要の無くなった江戸の春画は通常では贅沢ということで出版できないような極彩色の作品が作られました。結果的に春画は浮世絵の中でも最高の技術を使えるようになったのです。

ただ、規制そのものはあったので多くの作品が絵師や作者、版元がわからないように隠してうまく規制を逃れていました。中には幕府の御用絵師も努めた狩野派、土佐派の絵師も春画を描いていたようで、結果的に春画は浮世絵の中でも芸術性に富んだ作品が作られたのです。

浮世絵の海外流出と流行

そんな芸術性に目を付けたのが海外の美術家でした。幕末になって外国との交流が行なわれるようになると、ヨーロッパでジャポニズムという日本趣味が流行するようになります。浮世絵は日本の美術品を包む紙として利用され、海を渡りました。その中には春画も混じってたようで、日本の春画などの浮世絵の芸術性に注目した美術評論家が浮世絵を収集、紹介するようになりました。ゴッホやピカソなどの美術家も浮世絵や春画に影響され、多くの模写やコレクションを残しています。

その後、明治の日本では春画が禁止されますが、海外のコレクターによって集められ、博物館などに所蔵されました。2013年にはロンドンの大英博物館で、それまで公開されていなかった春画の大規模な展覧会が行われると、日本でも展覧会が行なわれるようになりました。日本で評価されなかった春画は、海外の美術家の評価を受けたことで、芸術的なものになっていったのです。

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