自慰は死刑!?キリスト教と自慰の関係

自慰は人間ならば誰もが経験する行為です。しかし、キリスト教などの宗教の間では道徳的ではないとされる面もあります。では、なぜ自慰がそのように見られるようになったのでしょうか?

旧約聖書に残る自慰の語源

自慰はドイツ語でオナニーとも言いますが、この言葉はどこから来たものなのでしょうか?実はこの言葉はキリスト教やユダヤ教の経典である旧約聖書の中に登場する人物の名前から来ています。旧約聖書の「創世記」38章にオナンという人物の話があります。彼には兄がいましたが、神に処刑されたので父親が兄の嫁のタマルを弟のオナンと結婚させて兄の血筋を残そうとしました。

しかし、オナンはタマルとの間に子供が出来ても自分に財産が相続されないことを知っていたので、性交の際にわざと外に射精して子供が出来ないようにしたのです。これが神の怒りに触れたことでオナンも処刑される事になりました。これがオナニーの語源です。

なぜオナンは処刑されたのか?

オナンは自分に財産が来ないことを理由に兄嫁と子供を作らなかったようですが、ではなぜ彼は処刑されてしまったのでしょうか?旧約聖書の中に神が人間に命じたことの一つに「生めよ増やせよ地に満ちよ」という言葉があります。

つまり、子供を作って人を増やせということです。オナンの行為は、この言葉に反する行為と見られたために処刑されてしまったのです。現在でもキリスト教の中では避妊や中絶については、議論があるくらいデリケートな問題となっています。

中・近世キリスト教と自慰

このように旧約聖書の記述から、自慰は罪に当たる行為なのか、古くから議論されてきました。基本的にキリスト・ユダヤ教の中では、性行為は子供を作るために行う行為であって、快楽を得るために行う売春などの行為は神の命令に背くものであるとされてきました。そのため、自慰も同様に非道徳的とされています。特にキリスト教の最大勢力、カトリックの中では、自慰は大罪とされてきました。

この他にも、アメリカの州の一つであるコネチカット州ニューヘイブンでは、1640年代に出来た法で「冒涜者、同性愛者、自慰者への最高刑は死刑」と規定されるなどかなり厳しいものでもありました。この州はプロテスタントなどの、厳格なキリスト教徒が弾圧から逃れてきた際に出来た州の一つだったことで、このような法律が出来ました。

宗教観から科学的な目線へ

それまで道徳の面で語られてきた自慰ですが、18世紀ごろになると、科学の発達から医学的な目線からその有害性を訴えるようになります。スイスの医師で、当時のヨーロッパの臨床医中でも高い名声を持っていたティソにより自慰の有害性を説いた「オナニスム」が出版されるとドイツの哲学者のカントも著書にも影響を与えました。19世紀の半ばには多くの病気は自慰が原因、と言われるようになります。いずれにしても、最近まで自慰については健康的ではないという見方があったようです。

この様に、自慰は聖書に反する行為であることから長い間反道徳的な行為とされてきました。しかし、現在ではカトリック教会でも自慰が罪であることに変わらないけれども、状況に応じては自慰を糾弾できないという考え方も生まれているようです。医学面でも、自慰は古くなった精子を新しくするためにも必要な行為という見方が主流になり、特に害は無いものとされています。ただ、地域によっては話題にするのに楽しいものではないかもしれないので注意しましょう。

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