ルールを破るのが真の坊主?精力旺盛で男色も好んだ僧たち

お寺の僧と言えば、食事は精進料理で伴侶は持たず、悟りを開くために日々を禁欲的に生きているイメージがあります。さすがに現代では完璧に俗世と関わらず生きるのは無理ですが、武士の時代は違ったと多くの方は考えるでしょう。

しかし実は想像する姿と違い、実際の僧たちは妻を持ち子を成す人も少なからずいました。しかも仏教では禁じられているはずの女遊びをおこなうこともあり、ルールを破るのは逆にすばらしいこととさえ考えられていたそうです。

あの偉大な僧たちはルールを破っていた!?罰せられない理由とは?

仏教では基本的に飲酒や肉食、女犯(仏教の出家者が性行為をすること)は禁じられていおり、奈良時代や江戸時代では破ったものは厳しい罰を受けました。ですが、中にはルールを破ってもとがめられないこともあったそうです。

例としては、とんちで有名な一休宗純や、本願寺教団のいしずえを築いた蓮如が挙げられます。一休は肉を食べるのはもちろん女遊びもよくおこなっていましたし、蓮如は何人もの妻を持ち、10人以上もの子どもを成しました。

さらにルールを破ったにもかかわらず、人々から責められることもなく、特に罰を受けることもなかったそうです。ですが彼らは破戒僧ではなく、実は仏教のルールにもとづいた、しっかりとした理由のもとに行動した結果でした。

欲望のままに行動するという悟り!一休の行動には意味があった

まず一休の場合ですが、彼が男色や肉食、女犯や飲酒をおこなっていたのは、仏教における風狂の精神にもとづいた行動だと言われています。風狂とは、悟りの境地を体現する方法として、あえて戒律を破ることだそうです。

つまり一休はみずからの修行の成果を表すために、わざとルールを破って自身にとっての仏教を人々に伝えていたと言えるでしょう。徳の高い僧は、性欲さえも高尚な考えのもと、たしなみ味わうことができるということです。

一方、蓮如の場合は風狂ではなく、自身の宗教の教えに忠実に従っていました。ですが彼が所属していた浄土真宗をはじめとする、いわゆる密教と呼ばれるものでは、人間の本能的な欲を肯定し、コントロールすることを重要視します。

一般の考える仏教とは少し違う?本能を肯定する密教の教え

ようするに密教では、性欲や食欲などを禁じるべきものとはとらえていませんでした。むしろ人生の幸福にためには、女性とのセックスもなくてはならないものだったので、蓮如の子作りは問題どころか正しい行為だったと言えます。

上記のことからもわかるとおり、ひとくちに仏教と言ってもいろいろな宗派や考えがあり、人間の本能を否定するものばかりではありません。それどころか肯定しているものも多く、性行為をすすめているようなものさえあります。

男女が身体を重ねるのは、子孫繁栄のためには大事なことですから、肯定されるのは当たり前と言えば当たり前かもしれません。宗教のような高尚のものでさえ、すすめているのですから積極的にセックスはしていくべきでしょう。

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