現代の純文学作品からセックスと向き合う

現在でも、純文学と呼ばれるジャンルの作品にはセックスと正面から向き合っているものが多く存在しています。若い世代がこうした作品と出会うことができれば、性に対する正しい姿勢を身につけることができるでしょう。

セックスを描いた文学作品は多く存在しています。エンターテイメント的な作品は規制されることが多く、きわどい描写はほとんどなくなってしまいましたが、より芸術性の強い純文学作品の世界では、しっかりと性に向き合っている作家が多く活躍しています。 若い段階でこういった作品に触れることで、性に対するしっかりとした姿勢を持つことができます。性をタブー視することは決して賢いやりかたではないでしょう。

現代文学におけるセックス

現代の純文学界をリードする作家の一人である花村萬月もデビュー当時から真剣に性と向き合っています。代表作の「ゲルマニウムの夜」では、セックスが禁じられている修道院での性生活が描かれていますし、「風転」では10代のセックスと妊娠が描かれています。セックスの中でもこのような特にタブーとされているテーマを積極的に描くことで性とは何なのか、セックスとは何なのか、を訴えかけてきます。 また、柳美里は「命」からはじまるエッセイで自分自身のセックスを描いています。自分自身の性を表現することは恥ずべきものとして、特に強くタブー視されていました。しかし、それをあえて作品にすることによってこの問題に正面から向き合っています。

セックスを描いた作品が与える影響

若い世代がこのような作品と出会うことが悪影響を与えるでしょうか?決してそんなことはないでしょう。真剣に性に対して向き合う姿勢を目の当たりにすることによって、セックスについてより深く考えることになるでしょう。 まず、知識がなければ自分自身で考えることはできません。考えるための材料がなければ、深く考え、知ることはできないでしょう。

現状では純文学作品の世界に厳しい規制は敷かれていません。しかし、このままセックスに対するタブー視がエスカレートして行くと、真剣にセックスと向き合っている作品まで葬られてしまうことになるでしょう。 少しずつでもオープンにして向き合って行かなければ、いずれ取り返しのつかないことになってしまうかもしれません。 そうなってしまう前に、若い世代に性についてしっかりと考える材料を与える必要があるのではないでしょうか。

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